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静岡地方裁判所 昭和37年(わ)2号 判決

被告人 佐野正太郎

昭一五・六・一一生 自動車運転助手

主文

被告人を禁錮四月に処する。

未決勾留日数中、弐拾日を右刑期に算入する。

訴訟費用は、その三分の二を被告人に負担させる。

本件公訴事実中、事故後の警察官に対する報告義務違反の点は、無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三十五年頃から屡々自動車を使用運転し、業としてその運転に従事しているものであるところ、昭和三十六年四月十五日午後十一時頃静岡市小黒二丁目五九番地釜ヶ谷象二郎方附近において、普通自動車(静一す九一四七号)を運転しようとしたのであるが、同日午後五時三十分頃から数時間にわたつて飲酒した清酒約一・二立およびビール約〇・六立の酔がまわり、左右前方を十分に注視し、把手を的確に操作することができない状態に陥つていたのであるから、かような場合、自動車運転者としては、運転を見合わせ事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘わらず、これを怠たり運転を開始した過失により、同市栄町九番地の一地先交差点に差しかかり同所を南方から北方に直進しようとした際、左右前方を十分に注視することができず、右側道路から杉山利雄が自動三輪車の左側助手席に杉山ちえ(当四十六年)を同乗させて運転し、同所を西方に横断しようとしていたのを近距離にいたつてはじめて発見し、急制動の措置を講じたがおよばず、自車の車体右前部を右三輪車の車体左側に衝突させて右杉山ちえを同車体内部に激突させ、よつて同人に対し全治約四十日間を要する左鎖骨骨折の傷害を負わせ

第二、公安委員会の運転免許を受けないで、前記日時場所において、前記車両を運転し

第三、前記日時場所において、前記車両を運転中、前記第一記載の衝突事故を惹起し、杉山ちえを負傷させ、かつ、杉山利雄運転の自動三輪車を損壊したのに拘わらず、そのまま運転を継続し、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じ

なかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人は、昭和三十六年九月二十六日静岡簡易裁判所において道路交通取締法違反の罪により罰金三千円に処せられ、右裁判は同年十一月二十五日確定したものであること検察事務官作成の前科調書によつて明白である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二百十一条前段罰金等臨時措置法第二条第三条に、判示第二の所為は道路交通法第六十四条第百十八条第一項第一号に、判示第三の所為は同法第七十二条第一項前段第百十七条に該当するが、これらの罪と前示確定裁判を経た罪とは刑法第四十五条後段の併合罪であるから、同法第五十条によりいまだ裁判を経ていないこれらの罪についてさらに処断すべく、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、各所定刑中禁錮刑または懲役刑を選択した上、同法第四十七条本文第十条に則り最も重い判示業務上過失傷害罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において被告人を禁錮四月に処すべく、未決勾留日数中二十日を同法第二十一条に従い右刑期に算入する。訴訟費用(国選弁護人に支給した費用)中、その三分の二を刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り被告人に負担させる。

(一部無罪の判断)

本件公訴事実中、「被告人が判示第一の日時場所において、判示車輛を運転中判示事故を惹起したのに、その事故発生の日時場所等法令に定める事故を、直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。との点について考えるのに、道路交通法第七十二条第一項後段の警察官に対する報告義務は、同法条項前段に定める被害者の救護、道路における危険防止等の措置義務の履行を確実ならしめる目的をもつて定められたもので、このことは右報告義務の内容として「当該事故について講じた措置」を掲げてあることからも明白である。したがつて、同法条項後段の「この場合において」とは、同項前段全文を受け、交通事故を惹起した際、車輛等の運転を停止して、負傷者の救護その他必要な措置を講ずる場合をいうのであり、交通事故を惹起しながら車輛等の運転を停止しないでそのまま現場を立ち去る場合は同法条項前段の違反のみが成立し、後段の適用はないものと解するのが相当である。しからば、本件において、判示第三のとおり被告人の負傷者救護その他の措置義務違反の罪が成立する以上、被告人の前記警察官に対する報告義務違反の点は罪とならないものと謂うべきところ、検察官は右両個の義務違反の所為を併合罪として起訴したものであるから、後者につき主文において無罪の言渡をする。

(裁判官 高橋久雄)

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